名古屋高等裁判所 昭和26年(ラ)6号 決定 1952年7月03日
抗告人 申立人 前川さいの
訴訟代理人 西村美樹
被抗告人 相手方 小林吉生
主文
原審判決を取消す。
本件を津家庭裁判所に差戻す。
理由
抗告代理人の抗告理由は原審判は離婚の場合の財産分与請求権は相続対象にならないとの理由を以て抗告人の申立を却下したが抗告人は財産分与請求権を相続によつて取得したものと解するを以て原審判の取消を求めると謂うに在る。
仍て審理するに新民法第七百六十八条に定むる協議上の離婚の当事者の一方の相手方に対する財産分与請求権は其の請求を為すや否やは一に権利者の意思のみによつて決定せらるべきものであるから離婚の当事者の一身に専属する権利であつて其の者の死亡と共に消滅し相続の目的たり得ざる権利であると謂わなければならぬ、然し乍ら当事者の一方が財産分与請求の意思を表示し調停又は協議の成立若くは協議に代る裁判所の処分を経て具体的な一定の金銭又は財物の給付請求権を取得するに至つたときは此の具体的な債権は普通の財産権として相続さるべきものであることは疑を容れない。そこで当事者の一方が既に相手方に対し財産の分与を請求する意思を表示し又は之を求むる為家事調停或は審判の申立を為して分与請求の意思を表示したが未だ調停又は協議が成立せず若しくは協議に代る裁判所の処分を得ないうちに死亡した場合に於て財産分与請求権が相続され得るか否かに付て按ずるに法が財産分与の制度を設けたのは単に配偶者の扶養の手段を与えようとする理由だけからではなく配偶者に相続権を認めたのに対応し離婚の当事者間の公平なる財産分配の意図も亦之を包蔵するものなることは民法第七百六十八条第三項が当事者双方が其の協力によつて得た財産の額を考慮すべき一切の事情の一として之を掲げているに徴しても明かであつて仮令未だ具体的な債権取得に至らずとするも既に分与請求の意思が表示された後の財産分与請求権は調停又は協議の成立若くは協議に代る裁判所の処分を経て一定の金銭又は財物の給付請求権の取得に至るべきものであるから其の性質は普通の財産権と化しているのであつて一般の金銭債権と同様相続され得べき権利であると解するのを相当とする。抗告人の本件審判申立書によれば亡前川よしは相手方小林吉生と昭和二十三年四月六日協議上の離婚を為し同年六月一日附にて原裁判所に財産分与を求むる家事調停の申立をしたが右前川よしは同月六日死亡したから其の母である抗告人は右前川よしの相続人として其の財産分与請求権を承継したので財産分与の審判を求めると謂うのであつて本件記録並右調停事件記録中の戸籍謄本によれば亡前川よしは其の直系卑属なく又其の死亡当時直系尊属は抗告人のみであることが認められるから抗告人は其の主張の如く亡前川よしの相続人であり且右前川よしは昭和二十三年五月十五日弁護士西村美樹に財産分与調停申立に関する一切の行為を委任し右代理人作成に係る申立人前川よしの昭和二十三年六月一日附財産分与を求むる家事調停申立書は同年六月八日原裁判所に提出されたことは前記調停事件記録中の右前川よしの委任状の日附及家事調停申立書の受附印によりて認め得られるから仮令調停申立書の受理は右前川よしの死亡の後であるにせよ前川よしが右調停の申立を右弁護士に委任したのは其の死亡前の同年五月十五日であつて此の委任行為によつて同人の財産分与を請求する意思は表示されているものと謂わざるを得ない、然らば既に此の意思が表示されている以上分与請求権は一般の財産権と同様相続され得べきものであることは前記説明の通りである、従て原審は亡前川よしの相続人である抗告人の本件申立に付き分与をさせるべきかどうか並に其の額方法等に付て判断をしなければならないのに財産分与請求権は離婚者の死亡によつて当然消滅するとし抗告人は相続によつて亡前川よしの分与請求権を承継し得ないとの理由によつて抗告人の申立を却下した原審判は失当であつて本件抗告は理由がある。
仍て家事審判規則第十九条第一項に従い主文の如く決定する。
(裁判長裁判官 中島奨 裁判官 白木伸 裁判官 県宏)
抗告代理人西村美樹の抗告理由
抗告の趣旨 原審判の主文記載の本件申立は之を却下するを取消せられたいとの趣旨の決定を求める。
理由 原審判は抗告人が相続の対象にならないものとして申立を却下せられたるも、抗告人は財産分与請求権を相続により取得したるものと解するを以て抗告の趣旨記載の裁判を求めます。